当事者インタビュー - actual story -

環境が良く仕事に戻れたけれど スーパーマーケット勤務 Oさん​​の場合

40代男性
スーパーマーケット勤務

帰宅途中にクモ膜下出血で倒れたOさん。重度の高次脳機能障害と失語症が残存。回復期病院を退院したあとも年単位で医療の支援を受け、ジョブコーチもつけ、配置転換をして復職。今も、ミーティングの内容や、注意された内容がよくわからない時もありますが、病前からの良好な人間関係に「救われている」と言います。ミスをするのではないかと、常に不安を抱えながらも、目の前の仕事に取り組んでいます。

まとめ

  • 相手が何を言っているのか、よく分からない
  • 何が起こっているのが、はっきりわからず、推測するしかない
    会議はいまだにちんぷんかんぷん、メモを取りたくても取れない
    注意をされても、何を言われているのか ぴんとこない
    質問しても相手の答えがよく分からない
  • 言いたいことが伝わらない
  • 一生懸命伝えようとしているんだけど、怪訝な顔をされる
    伝わってないなと感じる時が多い、でもどうしたらいいのかわからない
  • 何で失敗したのかわからない
  • 上手くいってないこと、失敗したということは何となく分かる
    原因も、解決方法もわからない、試行錯誤の繰り返しで「失敗しないでくれ!」と心で祈っている
  • 病前の人間関係が頼みの綱
  • 「がんばりや」と声をかけてくれる人がいる
    絶対に異動がないようにと祈っている

専門家による寸評

言語聴覚士西村 紀子

 私が言語聴覚士の養成校に通っていた20年ほど前、担任の先生が大変興奮して「障害の捉え方が変わった」と話してくれたのが、ICF(国際生活機能分類)である。当時、子供を保育園に預けて通学していた私は、当事者会や勉強会なるものに行く余裕もなく、もちろん臨床を知らなかった。つまり、ただ一人として当事者や家族を知らなったのだ。だから、個人因子や環境因子といった、個々の人がもつその背景が全くイメージできず、この先生の興奮ぶりもちんぷんかんぷんであった。それまでのモデルであるICIDH(国際障害分類)の方がよく分かった。「こういう障害があるから、生活に障害が生じ、結果、社会的に不利になる」この一歩通行の説明の方がイメージしやすかったのだ。その後、言語聴覚士として仕事を始め、先輩のリハビリ職の人たちも「ICIDHの方が分かりやすいよね、現実的だよ」と言っていた。しかし、そんな私は数年前にОさんを知って、この概念がようやく腑に落ちた。回復期病院に転院した時、彼には麻痺はなかったが、重度の感覚性失語と高次脳機能障害のために、身の回りの事さえ見守りや声かけが必要であった。ここで6ヶ月ほどリハビリテーションを実施しても、到底仕事には戻れないだろうというのが、全員の評価だった。しかし、入院中に頻繁に訪れる職場の上司、協力的な家族、さらにひたむきにリハに励む本人を見て、このICFモデルにある、環境因子、個人因子が強みとしてあまりにも浮き彫りになったのだ。1年半のリハビリ期間を経て、この職場なら、この方法であればなど、たくさんの条件付きで復職した。その後も外来でフォローをしている。失語症、高次脳機能障害は、復職率は非常に低い。私たちの生活において、コミュニケーションがいかに大事かということを痛感するところである。しかし、だからといって必ずしも復職できないわけではなく、この環境因子というものがいかに大事であるか、今一度考えたい。もう一つ、医療や福祉の長期支援の重要性がある。おそらく回復期病院を退院と同時に、リハビリテーションが終了となっていたら、復職は難しかったであろう。長期の外来継続、ジョブコーチの利用など、手厚い支援があったから復職できたとも言えるが、これは、反対に、数年間、手厚く支援を得られたら、復職できる人がまだまだいるということではないだろうか。せめて支援職が初めから機能障害だけを見て、復職が無理だと言うことがないように、ICFの考えにもう一度立ち戻りたいと思う。

取材から見える事

文筆業鈴木 大介

鈴木 大介

 Оさんの復職ケースをお聞きして、まず驚いたのは、やはりなんといってもその障害の重さで復職に至り、今も勤続できていること。そしてヒアリングを終えて最も大きな学びとなったのが、復職の可否を決める判断材料の中で「当事者の病前病後のパーソナリティと人間関係を見極める」ことがいかに重要なのかということでした。
 見極めのポイントは「二次障害化させない環境とは」ということでしょう。
 これまでも当サイトでは、障害特性そのものによって実務的な問題を抱えることよりも、コミュニケーションの困難や対人関係のストレスやジレンマが、当事者にとって非常に大きな苦しみになること(二次障害化ケース)を書いてきましたが、Оさんの場合はご本人のパーソナリティと職場の仲間の双方が、抱えた障害特性を二次障害化させない環境を作り上げています。
 復職時にとった「新人研修中のふりをする」という作戦を可能にしたのはまさにОさんのパーソナリティそのもの。当事者によっては役職を降り、何十年のキャリアを差し置いて新人のふりをするというのは、それこそ劇的な二次障害化をしかねない作戦でしょう。これが僕自身だったら、まず何より先に、病前にやり慣れた惣菜部門に戻りたいと言い張ったでしょうし、研修バッジなんて踏んづけた上に窓から外に放り投げていそうです。
 日々のミスに叱責されることについても、職場のスタッフみんなが愛称で気軽に呼びかけるようなОさんの病前のキャラクターと周囲との関係性が、対人関係で起きたかもしれなかった二次障害化を見事に回避しているように感じます。
 間違いなく言えるのは、Оさんにとっては、「この職場以外への復職」は不可能だったこと。そしてご本人も恐れているように、就労支援を介して新規就労を目指していたら、大きく二次障害を発症したかもしれないし、今ほど機能も回復していないのではないかということです。
 もちろん、実際に職場に戻して良いものかの判断は、もし判断を誤った場合に当事者が被る苦しみや、その後のケアを継続するためのリソースなどを考えると、簡単には答えが出ないのが現実かとは思います。
 けれど環境さえ整っていれば、重度の当事者でもこんな復職の流れに乗ることができるというのは、当事者にとっても支援職にとっても、驚きと希望のある事例に感じました。

インタビュー記事

ベテランのスーパーマーケット社員として

 Оさんのお仕事は、スーパーマーケット勤務。高卒採用されてから実に勤続32年、エリアで、大規模にチェーン展開するスーパーマーケットに勤め続けています。担当店舗は周囲に多くある団地の住民を顧客に、いくつか専門店を抱えた中規模店。農産品や日配品などの売り場経験を重ね、チェーン店本部で総菜部門の研修を受けた後は、バックヤードの加工場で揚げ物や弁当の製造に従事していました。


「リーダーでしたから、調理場に立つという感じではなく、生産数の決定とかシフト管理とかをパートさんと相談しつつやっていたというかたちになります」


 Оさんが受傷されたのは、総菜部門の管理職として、こうして活躍していたさなかのこと。失語症と高次脳機能障害を抱えることとなったОさんは、6カ月の入院を経て復職し、まず4時間勤務から1時間ずつ増やして、1年ほどで8時間勤務に戻ったと言います。


 とはいえ、色とりどりの商品や入り乱れる店内放送といった情報量過多の空間であるスーパー店内は、高次脳機能障害の当事者にとって、混乱やパニック状態に陥ってしまう方も少なくない、いわば「鬼門中の鬼門」。こう書いている僕自身も、退院直後はスーパーでパニックを起こしてしゃがみ込んでしまった経験が何度もあります。ただし、こうした体験は、不要な情報まで脳が取り入れて処理してしまう注意障害がベースになるものが多いのに対し、Оさんのケースでは「注意機能そのものが全般的に限局されていた」(極めて狭い範囲・少量の情報しか脳に取り入れられない)ことで、その職場に戻れたようだと、当時の医療関係者。


 そんなОさんの復職も、やはり決して平坦な道のりではありませんでした。


この記事はオンラインアカデミー(有料会員)専用記事です。
ログインいただくと続きをご覧頂けます。

オンラインアカデミー(有料会員)のご案内

会員になると、全ての情報をご覧頂ける様になります。また、セミナー、交流会参加の割引参加や、事前質問などの特典があります。

  • フルバージョンの動画
  • インタビュー記事全文
  • 専門家による寸評