当事者インタビュー - actual story -

自分以外の当事者を支える仕事がしたい イベント運営会社 Nさんの場合

20代女性
イベント運営会社

7歳で発症、なんとなく自分は周囲の人と違う、普通に憧れるNさん
脳動静脈奇形は、若年層でも発症する可能性が高い病気です。高次脳機能障害を抱えながら学習・成長をしていくNさんですが、自身で障害を語れるまでに年数がかかりました。説明できるようなっても、これまで就労の場での理解を得ることが出来ていません。

まとめ

  • 脳動静脈奇形
  • 若年者に発症することが多く、治療後も極めて長期のフォローアップが必要です。
    疾患と治療の特殊性から、再発や合併症(放射線治療の場合、晩期放射線障害など)への対処が必要となります。
    就学、就職の時期に重なる場合もあり、それぞれライフステージの変化にも対処する必要があります。
  • 外から見て理解しにくい後遺症
  • 失行・失認、記憶障害、脱抑制、集中力の低下、といった高次脳機能障害は、他人から見ると理解しにくい場合が少なくありません。
    健常者にとってみれば冗談のようなことが、当事者にとっては重大な問題となっていることもあります。
    特にライフステージの変化によって、周囲に経過を理解している人がいなくなるような場合には、突然孤立して誰もサポートできない場合があるので注意が必要と思われます。
  • 28 歳の小学生
  • お母さんからの一言です。発症時が小学生だったせいでしょうか。
    人格のある部分は、そこで成長が停止してしまったのかもしれません。
    周囲の人は、そのアンバランスさを理解する必要があると思います。
    小児期発症の当事者に必要なことは「自尊心の発達ケア」という一文は、それを当に言い当てていると思います。

専門家による寸評

脳神経外科医中居 康展

 脳神経外科は、脳神経系の疾患で主に外科的治療を行う分野とされており、脳卒中の患者さんを扱う機会が比較的多くあります。しかしながら外科的治療が一段落すると、その後遺症についてはリハビリテーション科に任せて直接関わる機会が激減するため、長期間のフォローアップを行う機会はさほど多くないのが現状です。
 脳動静脈奇形のような特殊な疾患の場合、若年者に発症することが多く、診断・治療の特殊性から極めて長期のフォローアップが必要となります。そうとはいっても、救急救命センターや大学病院では、担当医の異動や交替も多く、細やかなフォローアップは容易ではありません。
 Nさんの場合は、たまたま長期のフォローアップが可能であったので、結果的に成長・発達に伴う精神・心理的課題と高次脳機能障害の合併について様々な課題を知ることになりました。比較的最近なのですが、本人の訴えと高次脳機能障害との関連にようやく気づいたことを話すと、Nさんから「今頃気がついたの〜」と言われたことがあります。
 その後に「本人もよく分からない(高次脳機能障害が)のに、(周囲から)よく分からないと放り出されるのは辛い」と聞いて、脳卒中を扱う専門職でこれだけ長期間のフォローを行っていながら、十分に障害を理解できていなかったことに衝撃を受けました。当事者目線で病態を積極的に理解する努力を行わなければ、専門職であっても高次脳機能に関わる諸問題に気づくのは容易ではないと言えます。
 近年小児がん医療の分野では、思春期・若年成人(Adolescent and Young Adult: AYA)世代への対応が話題となっています。疾患の特殊性だけでなく、この世代はライフステージが大きく変化することから、成人の医療とは異なった視点が必要となります。
 医師・看護師・リハビリテーションスタッフといった医療職だけでなく、学校や就職先などを含めた社会的に関係する多職種の連携を考えねばなりません。疾患こそ異なりますが若年者の脳動静脈奇形も、AYA世代への対応が必要だと思います。

取材から見える事

文筆業鈴木 大介

鈴木 大介

 本冊子初の学齢期発症であるNさん。取材前は受傷以前に積み上げたキャリアがないことや、障害を抱えつつ発達・生育してきた経緯から、中高年発症の当事者より「自己理解力が高く喪失感も少ないのでは?」という推測を立てていましたが、浅はかな推測を見事に裏切られた今回の取材でした。
 高い自己理解力と具体的な援助希求スキルについては想像していた以上のレベルで驚きましたが、それがゆえにジョブコーチ等の支援サイドがご本人の障害理解レベルについてこれず「この利用者さんはご自身に任せて大丈夫」のようなモードになってしまっているのは残念なところ。Nさんも「提案できることはあなたが既にやっている」言われてしまったとか。
 また、非常に前向きに感じさせるパーソナリティの反面で、「強い自罰傾向」があることも、取材の中で大変驚いたポイントでした。
 Nさんは学齢期や就労経験の中で受けた理不尽な対応を話すとき、つねに「私にも悪い部分があるから」とひとこと言い添えます。キャリア形成後に受傷した中高年の当事者だったら「なんで配慮できないの!」と周囲に憤るポイントのほとんどで、Nさんはご自身を責めることが習慣化し、自傷癖が思春期から今に至るまで継続している問題になっています。
「傷だらけですよ。やりたくないですよ、自傷なんか。でもそうすることでしか解消できないし、自傷は誰にも見られていないから。障害ゆえなのは分かっているけど、現実的に私は周囲ができることができない、生きる能力がないのが自分、そう私は思いこんでいるので。自分を傷つけるのが一番『手っ取り早くて楽』というのもあります」
 不自由や苦しさをの理解を周囲に訴えても、逆に無理解や攻撃的な言葉でねじ伏せられ続けた結果、「助けを求めて傷つくよりも自分のせいにしてしまった方が楽」というメンタリティに至ることは、先天的に発達障害特性のある当事者や、周囲に配慮と理解が得られないような暴力被害に遭った後の当事者にも共通するもの。その自傷は「自己防衛のための自傷」です。
 生育の中で自分の生きやすい環境やペースを掴んできているというアドバンテージがあるがゆえに、支援の谷間に落ち込みがちであるというリスク。そして学齢期受傷の当事者にとって何より大切なことは「自尊心の発達ケア」だということを、Nさんのケースから深く深く考えさせられました。

インタビュー記事

「普通」に憧れた日々

 7歳で左半身不随、同名半盲と高次脳機能障害を抱えることになったNさんですが、具体的に高次脳機能障害のことを知るのは、17歳になった頃のこと。「どうも自分は人と違う」という違和感を抱えながら生きてきたNさんにとって、「働く」ことは「他の人ができていること」という、憧れの印象から始まったようです。


「高校時代はお金より、周囲の友人同様にアルバイトをするという『ラベル』が欲しくてたまりませんでした。『普通』に憧れていたと言ってもいい。けれど、数十件応募したバイトのほとんどが不採用。やっぱり手が使えないのでレジ打ちでもできませんし、物を取り扱うにしても、たぶん手が動かないから、それは難しいっていうことで。でも基本は、障害があるって時点で、実際にどんな障害かは関係なく断られることが多かったなって印象です」


 唯一面接に受かったパン屋のバイトも、裏方の袋詰めやレジ打ちに挑戦しても、裏方の袋詰めが難しかったり、レジ打ちに挑戦しても無理で、三日で上司から申し訳なさそうな顔でクビを宣告されてしまったとのこと。


「私自身も申し訳なく、そしてできない事実を受け容れられずに、悔しくて泣きました。友人がバイトの給料で買ったというバッグを見るたびに羨ましくて……。高次脳機能障害の言葉を聞いた時は、よく意味は分からないけれど、思春期以降ずっと何かがうまくいかないと感じてきた違和感の正体だと直感できました。ショックでした。障害という原因があるのにそれまで自分のズレ(特に日常のコミュニケーション)を無自覚で生きていたことに腹立たしさや悔しさのようなものが一気に襲ってきました」


 こうして学齢期受傷のNさんの就労経験は、切ない体験から始まることになってしまいましたが、中高を通して障害を傍らに学生生活を経験する中、Nさんは臨床心理士として、障害を持つ子どものカウンセラーを目指したいと志を立てるようになり、大学の心理福祉学部へと進学します。


「在学中のバイトは、キャンプ場での清掃のバイト。カフェの裏方、図書館の広報室のバイトです。いちばん配慮していただけたのは図書館で、たぶんわたしに何ができるか考えてくださって、最初から本の整理とかの肉体労働でなく、本を読んで、書評とか新聞を作るような仕事をくれたんです。本当にありがたい。障害ゆえの働きづらさは、経験が浅かったのもあるのか、特に意識はしていなかったです」


 一年生の時からNPOでのボランティア活動などに積極的に参加するようになり、旅行を趣味とするなど活動的な大学生活を送っていたNさん。そんな彼女が本格的につまずいてしまったのは、大学二年生の時のことでした。


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