当事者インタビュー - actual story -

病前の5倍時間がかかる公務員Mさんの場合

40代男性
公務員

7年前、家族と待ち合わせしていたショッピングセンターに向かっているとき、異常な口渇感と、身体の傾きを感じたMさん。到着してすぐに倒れ、救急搬送。診断は「もやもや病による脳出血」でした。麻痺はなく、入院中は、身のまわりのことはほぼ自立で、日常会話は可能。「早く仕事に戻りたい」「やればもとに戻る」一心で、1か月ほど、リハビリに取り組みました。退院前に「改善には時間がかかるよ」と言われたそうですが、仕事にもどって想定外の困難がありました。職場の配慮のもと少しずつ復職するも、未だに脳疲労など後遺症が残っています。

まとめ

  • 電車・バスの公共機関
  • 人混みの中、どっちに進んでいけばいいのかわからない!突然、人にぶつかる!急に立ち止まらないで、振り向かないで。向こうに渡りたいのにタイミングが計れない!おまけにアナウンスや雑音の嵐で、もう頭がぱんぱん!通勤が最初の難関。
  • 電話の取り次ぎ
  • 話の内容をすべて覚えられない、メモしようにもスピードが追い付かない、メモの場所を忘れる、メモをなくす。メモの活用までも一苦労。おまけに、電話に出る前の仕事に戻り、集中するまでに時間がかかる、結果、めっちゃ仕事が遅くなる。
  • スケジュール管理
  • 頭の中だけで全体を把握するのが難しい。書きだしたとしても自分のその日、その週の把握で精一杯。まして、相手がいる時の調整は至難の業。急に変更されると、何から調整していいかわからず、大混乱。
  • パソコンや書類業務
  • そもそもパソコンに入力するのが難しい。カーソルがどこにあるのかわかりにくい。数字の間違い、誤変換、誤字がないか何回も見直し、それでクタクタ。似たような書類があると間違えやすい。「間違えるかも」と不安と緊張で、さらに脳が疲れ、午後にはぐったり。

専門家による寸評

言語聴覚士西村 紀子

Mさんはもやもや病でした。この病気は内頚動脈という太い血管の終末部が細くなり、このまわりに細かい血管が、煙が立ち上ったようにもやもや~と見えるのが特徴です。運動時などに一過性に脳虚血発作を起こすことも多く、Mさんも小学生の時から、急に「ふらっと」したことがありましたが、おかしいなと思いつつも、受診することはなかったとのことです。
今回の左右両側の出血で、注意、記憶、遂行機能障害、易疲労、易怒性が残存しました。いくつかの困りごとの背景について解説します。
まず、通勤です。都会では人混み、アナウンスの多さなど、情報が多すぎて、職場に着いた時はすでに「へとへと」という人は非常に多いです。復職に際しては、通勤手段だけでなく、距離、乗り換え回数、所要時間、混み具合、このあたりも聞き取りましょう。復職する前に、通勤だけでも練習する、場合によっては通勤時間の変更などの交渉が必要です。
「忘れるならメモを使いましょう」と言いますが、
1. メモをとることを覚えているか?
2. メモした用紙を管理できるか?
3. メモし終えるまで内容を覚えておけるか?
4. 要点だけ抽出して書けるか?
5. 書くスピードは?
など、チェックとトレーニングが必要な段階があります。Mさんは③~⑤が問題で、未だに苦労されています。難しいようであれば、代償手段の提案が必要で、特に⑤が問題となる失語症の人は、メモより録音が実用的です。
注意機能が低下すると、雑音があると仕事に集中できません。静かな言語室だけでリハをしているとわかりにくいので、同じ課題を、ざわつくリハ室や談話室などで実施し、違いを評価しましょう。代償手段として「耳栓」があります。全く音が聞こえなくなるものではないので、入院中に試してみることをお勧めします。
復職前に、主治医から上司に対して、再発リスクやてんかんなど「身体の安全」に関わる説明をしています。個人情報に関わりますが、本人や家族に了承を得て、病院と職場で連携が取れるといいですね。
最後に、Mさんは、心の中の不安や疑問をひとりで抱え込み、周囲の人には「困っているようには見えない」典型例です。困難さが表面に出ないだけで、ある意味、要注意です。何もないように見えても、機会をもうけて、困りごとを聞きだす姿勢が必
要かと思われます。

取材から見える事

文筆業鈴木 大介

鈴木 大介

Mさんがお困りになったほとんどすべてのことは僕自身にも共通するもので、お話し中はうなずくことばかりでしたが、驚いたのはやはり、その職場が公共施設でありMさん自身も公務員ということを差っ引いても、職場側の理解と対応がずば抜けて良好なレアケースであること。例えばご本人が認識しているように、「病前すんなりやれていた作業に5倍の時間をかけるように」なったら、しかもそれがMさんのようにパッと見て全く健常に見える当事者だったら、そのことだけでも戦力外通告をしかねないのが一般の企業ではないかと思います。
ただし、そうした職場対応の素晴らしさ以上にMさんのお話を聞いて感じたのは、「高次脳機能障害の特性を障害化させないもともとのパーソナリティ」というものがあるのではないかということでした。
Mさんも明らかに病前より苛立ち易くキレ易くなったという「易怒・脱抑制」のエピソードをお持ちで、その症状を自覚されてもいますが、Mさんにあるのは私生活と職場の明確な切り分けです。多くの当事者(僕自身も)が「病
前通りに仕事をやろう」としてままならずに苛立ちをコントロールできなかったり、周囲に期待しても思った配慮を受けられずに過度に落ち込んだりして、キレて不適切な言動をしてしまいがちなのに対し、Mさんは例えパニックになるような状況でも「できないこと」から一歩引いて、落ち着いて対策を考える。お話の中ではそれなりに理不尽な対応を受けたエピソードもあって、僕だったら何度か職場でトラブルを起こしそうな場面もありましたが、Mさんは「怒りの感情は職場では出すべきでない」という切り分けと抑制が徹底していて、そのことが職場側の良い配慮をいっそう引き出し、抱える障害特性を「問題化させない」方向に作用したように感じるのです。
「細かい説明せなわかりにくい症状なので、伝えないとわかってもらえないんやろなと思っています。でも、それ以前に、自分をどう思われてもあんま気にせえへん性質かもしれませんね、もともと。人に怒るより、自分の中で済ましたほうが早い、と思ってしまうタイプなので」
とMさん。総じて言えば、過度に他人に期待しない性格と、感情に任せず一歩引いて状況を考える戦略的な習慣。同じ障害特性を抱えていても、病前からのパーソナリティによってこんなにも周囲から引き出す対応が違うのだなというのが、今回Mさんのお話を聞いての率直な感想であり、復職の中で「苛立ちを抑える」ことが最も困難だった僕自身と比較して、明確な差を感じた部分でした。

インタビュー記事

恵まれていた職場環境

Mさんのお仕事は、インフラ系の大規模な公共施設で、施設内の設備の保守メンテナンスを担当する技術系の公務員です。施設内の電気や空調から専門機械まで、多岐にわたる機械設備の保守管理をし、必要に応じてメンテナンス計画を策定したり、設備メーカーの担当者とやり取りをしたりして、メンテ業務を発注することが主な業務です。キャリアは20年以上。ずっと同じ施設に勤め続けてきました。入院中には「一刻も早く仕事に戻らなければヤバい!」と焦ったMさんでしたが、今になって思えば「病前通りに困らずできたのは、PCの操作や入力くらいで、あとのことは全くできていなかったと思います」とのこと。そんな中、公務員であることと、この職種であったことは、Mさんにとって、とても恵まれていたことだったかもしれません。「うちの局は産業医の指導の下で心の病を抱えた職員を復職させるプログラムが充実していて、それに当てはめて対応してもらったようです。なので、まず、退院後に数週間の自宅療養をいただいた後、一週間のうち何日か、半日のみの出勤から始めて、しんどくない範囲で出勤日数や勤務時間を延ばしていき、最終的に通常勤務に戻っていくという行程で、段階的に復職することができました」一般企業にお勤めの方で、こうした配慮をもらえることはレアなケースですが、Mさんのケースでは勤務体系だけでなく、受け持つ業務内容についても、まずは誤発注などの事故につながりにくい内部資料の作成担当から始め、案件を抱える同僚のサポート業務に回りつつ、病前にこなしていた保守メンテナンス業務の軽い案件について自身で担当するようになるまで、2年ほどの時間をかけることができたそうです発。症から7年以上経つ現在。たぶん今のMさんを見て、そして言葉を交わして、高次脳機能障害の当事者だと気づく人がいるとは、とても思えません。落ち着いて静かに言葉を選びつつゆっくり話す姿は、いかにも技術職。身体に残る麻痺もなく、少し日に焼けた顔は何かスポーツをされている風でもあります。今では、設備保守の案件を複数同時にこなす、病前通りの業務を担当するようになっているというMさんですが、その道のりは、日々試行錯誤の繰り返し。決して平坦なものではありませんでした。〜〜〜


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