生命保険会社営業所長 Sさんの場合

 大学生の時に、人見知りを克服したいと思って、人と接する仕事を対象に就活しました。そして、生命保険会社に就職しました。仕事は、営業畑一筋です。直接、保険の営業をするのではなく、営業をする人たちの研修を行ったり、ご契約いただいたお客様のフォローなどをしたりしていました。仕事はそれなりに忙しく、毎日、仕事が終わるのは、夜の8時過ぎくらいでした。
 30代から高血圧を指摘されていましたが、自分としては薬でコントロールしているからいいだろうと思っていました。独身時代は、割と暴飲暴食で、飲みに行くと深酒してしまうこともありましたかね。高脂血症とも言われていました。今回発症して、画像を撮ってみたところ、血管がもろく、ところどころ細い状態みたいです。これまで脳ドックなどは受けていませんから、それも悪かったのかもしれませんね。でも、発症した最大の原因はストレスかなと思っています。営業なので、数字のプレッシャーというのが相当きつかったですから。
 50歳の時に脳梗塞になりました。脳梗塞というのは、仕事柄知っていました。発症したのは、研修をしている時です。頭の中にある言葉が口から出てこないので「あ、これは脳だ」とわかりました。自分から「病院に連れて行ってほしい」と頼みました。
 入院した次の日からは、ぼんやりと記憶があって、ぼちぼちと身のまわりのことができるようになりました。最初は左側が見えにくかったり、スマホが打ちにくかったりしましたね。リハビリは、身体だけでなく、脳トレみたいなことをしていました。簡単なはずなのにてこずったりして、これでは仕事にならないなという不安がありました。でも、リハビリの先生からは「そうは言っても、平均よりできていますよ。少しずつ慣れていくしかないです」と説明されました。
 退院後は2か月くらい自宅で療養し、復職しました。高次脳機能障害というキーワードで、ネットでいろいろ調べると不安が募ってきましてね。ちょっと鬱っぽくなってしまいました。通院しながらリハビリを継続していましたが、いまやっている内容がどのように仕事に関係するのか、そのあたりが心配でした。もちろん、リハビリの先生は私の仕事を詳しくは知らないわけですから、具体的なアドバイスはなかったです。しかしその時の私は、不安でいっぱいだったので、話を聞いてもらえたのは良かったです。
 復職前に産業医の人と話をしましたが、高次脳機能障害のことよりも再発予防の話が多かったですね。数字を追いかける営業だと、再発するリスクが高くなるので、外回りは禁止され、社内の仕事だけになりました。お客さんに接していないと、肌感覚で営業が分からないので、社内で研修と言っても机上の空論みたいに思えて、当時は精神的にきつかったですね。

専門家による寸評

言語聴覚士西村紀子

「看護師さんは、ただ聞いてくれるだけでいい。人にはそれぞれ役割があるから」これは軽度の失語症を抱えながら教員として復職する女性が語った言葉である。病前にくらべてスムーズに言葉がでない、段取りも悪くなっていて、こんな自分で仕事ができるのだろうか。入院中、不安で押しつぶされそうになると、看護師さんに話を聞いてもらっていたそうです。ただただ、話を聞いてほしかった。
 今回、インタビューした...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

障害の回復や推移より、心理面の変遷を中心に聞き取った今回のSさんのケースは、「軽度だから元の職場に戻れたのでは」といった無責任な類推を払拭するものに感じました。改めて思うのは、軽度だから抱える不自由が小さいわけではないことや、その職種にはその職種なりの苦悩がついて回るということ。そしてやはり、営業職のリハビリは営業職でということ。

さらに一方、聞き取りの中で大きな興味と違...

インタビュー記事

脳がヤバいと直感的に分かった

生命保険会社の営業畑一筋30年というSさんは、受傷から3年足らずの現時点で、ほぼ前職と同じ営業最前線の現場に復帰されている当事者です。本冊子に登場した当事者の中でも、受傷レベルとしては軽度の部類かもしれませんが、Sさんがこうして復帰するまでには、やはりいくつものショックな体験と、強く耐え難い不安との闘いの日々があったと言います。果たしてその心理面の変遷は、どんなものだったのでしょうか?
 パッと見て分かるような重度の当事者にばかり目が向きがちな支援職にこそ聞いてほしい。そんなSさんのケースです。

「新卒で生命保険会社の支社に入った後は、支社が管轄する営業所の新人営業職員を育成・トレーニング・新規採用するといった指導と管理を担当業務として担ってきました。生保の営業職員というのはちょっと特殊な立場の方々で、平たく言えば(契約を)取ってなんぼの世界。3カ月で何件、6カ月で何件という営業成績の査定をクリアして、また次の6か月間の職性を維持し、給与も維持していくという立場なんですね。正社員ではあるけど確定申告もするといった、割と自営業者に近いようなかたちの方々なんです」
 一般に知られているケースは、いわゆる生保レディ(女性外交員)でしょうか。そうした営業職員を指導する社員は、それなりに重責がかかってきます。自身の成績だけでなく、担当する営業職員の成績を確保し、ひいてはその生活を成り立たせていくといった責任もある立場だからです。
「なんとか契約を取らせていかなければならないというプレッシャーのある職種なんですよね」
ということで、業界の最前線で働く営業職員の指導管理専門でキャリアを重ねたSさんは、営業所長等を経験後に支社で管轄する全9営業所の新人営業職員に対する指導・教育・研修をするポジションに至りました。
「営業所長時代は、毎日の朝礼で、見込み先を含めて分かりやすく伝えるのを自分の中では得意としていたと思うんですが、倒れる直前であれば一番やりがいを感じていたのは、やはり新人に対しての研修業務ですね。1〜2時間といった限られた時間の中で見込み先の拡大や、セールストークを分かりやすく伝えていくこと」
Sさんが倒れられたのは、まさにその得意とする新人研修のさなかだったといいます。
「研修中、突然話したいと思っていることが、出なくなった。話したいことが、イメージとしては頭の上に浮かんではいるけど、それが口をついて出てこない。生徒の前でしたが、あ、これは脳がヤバいというのは直感的にわかったんです」
 3年前、50歳の夏のことでした。

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