福祉事業所勤務(支援員)Rさんの場合

 高校を出てからは工場で働いて、そのあと、測量会社に転職しました。14年ほど働いたあと、同じ仕事で独立しました。ありがたいことに仕事がたくさんあって、会社をやめたあとも忙しかったですね。この業界は、年間通して仕事があるっていうより、繁忙期の仕事量が半端ないんです。無理してその時期に仕事をつっこまないといけないというか。なので、繁忙期は、徹夜は当たり前、外食も多くて、生活が不規則です。会社員時代は、過労と、諸々のストレスがあって、よく倒れていました。倒れても、点滴をすると、とりあえず良くなるんですよ。で、そのあと会社に戻って仕事するって感じで。倒れたら点滴打てばいいやって思ってました。人間って不思議で、徹夜が続いたりすると、時間があっても眠れなくなるんですね。で、ようやく眠れた場合は、起きた時に身体がめちゃくちゃ堅くなっていましてね。もう限界だったんですね。でも、仕事が好きだったこともあって、やっちゃうんですね。今思えば、仕事中毒になっていたと思います。会社をやめたあとに、突発性難聴にもなってしまいました。疲労が積もっていたんですね。ここで休んだら良かったのかもしれませんが、やめたあと、すぐに仕事の依頼があって、忙しい毎日が続きました。このままではダメだと思って、外注とか仕組みを考えなくてはいけないなと思っていた矢先に倒れました。
 前日もずっと徹夜で仕事していました。打ち合わせに行くためにシャキッとしなくてはと思って、シャワーを浴びていたときに、足に力が入らなくなって、お風呂場で倒れました。這うようにして部屋まで行ったんですが、そこから意識がありません。脳出血でした。気が付いたら病院のベッドの上でした。身体の麻痺もきつくて、失語症も構音障害もあったので、「あ…あ…」とかしか言えない状態でした。それなのに、仕事どうしようってことばかり考えていましたね。今ある仕事に穴をあけてはいけないと思って、親にパソコンやスマホを持ってきてもらったんですが、全く使えないんですよ。びっくりしました。知り合いに病院に来てもらったけど、簡単なことさえ伝えられないんです。自分では言っているつもりでしたが、「お前、何を言ってるか全然わからんかった」状態だったらしいです。結局、多くの人に迷惑をかけましたね。
 失語症なんて、倒れる前は知らないじゃないですか。頭の中ではいろいろ考えているんですが、口から言葉が出てこないんです。そこのギャップが理解できないというか、混乱しましたね。言語聴覚士さんが、いろんな検査しますよね、そこで初めて分かったんですよ。計算ができない、文字が書けないって。はじめに問題を見たときに「馬鹿にするなよ」と思ったけど、できないんですよ。手が動かない、足が動かないっていう麻痺は分かるのですが、言葉が出ないとか、文章を組み立てられないとか、それが後遺症なんだってことが分からないんです。リハビリ病院に行く前に、担当の言語聴覚士さんに「契約書などに印鑑をついてはダメですよ」と言われたんです。その時、ショックでしたね。もう僕は、自分の意志では何も決められないのかって。

専門家による寸評

言語聴覚士西村紀子

 失語症の症状は「聞く」「話す」「読む」「書く」そして「計算」が困難になることと言われます。ただ、ここだけを捉えないでほしいなと思います。失語症の症状によって、生活でどれだけの困りごとが生じるのか、そこを理解することがとても大事だと考えています。他者とうまくコミュニケーションが取れなくなることで、人間関係に問題が生じたり、孤立したりしがちです。仕事ができなくなれば、当然、稼ぎにも影響がでますし、社...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

間違いなく本冊子に登場してくださった当事者さんの中でも、最強の自己理解者、というより「障害探究者」にも思えるRさんですが、お言葉の中で最も刺さったのが、「不安を取り除くための自己理解」という感覚です。

病前であれば何も考えずにできたことに、玉砕するような激しい失敗を重ねる高次脳機能障害の当事者。その心理は、ともすれば「だったらもう何もしたくない」「新しいことには何も挑戦し...

インタビュー記事

病棟生活から始まった 自身の不自由探し

「入院中から色々試したんですよ。自分は頭では一応ものを考えることはできる。ただ、言葉に出そうとしても出ないだけ。人が言うことは理解している。あと言葉を口から出すときは記憶力がないから、何もなく話していると、自分が先に話していることを忘れて、どんどん話が脱線していくんですよ。だけどパソコンで打っていると、自分が最初に打った文字が画面に出ているから見失わないんですよね。入院中親に新聞持ってきてくれとも頼んだ。読めるんですよ。でも、読めるけど意味が分かりません。読めるけど、憶えてないんですよね。そうすると、音として認識はできるけど、意味の把握まではできないんだなと」
 高次脳機能障害における「言葉の不自由」には、言語に関わる部位の脳を損傷したことによる失語症もありますが、記憶の機能低下によって、自分が言ったことやこれから言おうとしていることを頭に把持することができなかったり、相手の言葉を聞いた先から忘れてしまう、読めるけど読んだ先から忘れてしまうので、意味を把握できない等々といった理由もあります。
 けれど、「入院病棟にいる間に自身でそのことに気づく」、そんな当事者がいることに、まずは度肝を抜かれました。
 Rさんの病前職は道路の測量関連のお仕事です。測量事務所に所属して測量補助や測量計画の書類、図面作りなどの内務を長年経験した後、フリーランスとして独立。主に行政関連の測量の仕事や、測量の技術を生かした行政刊行物のデザインをするといったマルチな仕事をされていたと言います。
「自分で試して検証するとかは、仕事の中でも好きだったんですよ。その当時は自分で不思議だった。どうして分からないんだとか、そもそも体が動かないんだとか。入院中、リハビリなんかはすぐ始まりますけど、そういうことは教えてくれない。なのでそこは自分で、ちょっと確かめたと言いますか。その当時は自分のできないことに『気づいた!』という意識ではなく、自分て今そういう状況なんだって、一つずつ確かめていったような感じです」

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