配置転換してライフバランスを整えた建築業 Dさんについて

建設現場の管理職として、あまりに多忙な生活を送っていたDさんは、単身赴任先の戻る前日に倒れます。記憶障害などの後遺症が残り、配置転換をして復職しました。あの頃の生活には戻りたくないと言い切るDさん、病後に得たのはワークライフバランスでした

専門家による寸評

言語聴覚士西村紀子

 脳梗塞、脳出血などの脳血管疾患は、ある日突然発症する。「まさか自分が」「これからの生活をどうしたらいいのか」と、どの患者さんも混乱しているだろうと思っているのは、私だけではないはず。ところが、今回取材したDさんは、深夜まで働き、常に頭の中で仕事のことを考えていた病前の生活には「もう戻らなくていいかな……」と思っているとのこと。この冊子の記事を書いている鈴木大介さんも、脳梗塞で倒れた時に「あ~これ...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

ヒアリングを通じてDさんから感じたのは、倒れた時点での、やり切った感、会社にやれる限り貢献しきった感のようなもの。本企画でこれまで取材した当事者の中でも、最も「穏やかな病後に着地している」のが、Dさんだったように思います。

 元居た企業に復職し、病前の知識や経験を活かして、会社にとって必要な部門に戻ることができる。そしてその仕事の負荷をリハビリとして、回復の道に乗る。これ...

インタビュー記事

大手土木系企業と共に歩んで

 日本のインフラを技術力で支える大手土木系企業であるR建設工業株式会社にお勤めのDさん。大学で土木工学を学んだ後、ずっとR建設工業にて働き続け、発症時点では勤続31年というベテランの技術者でした。

「会社に入って5~6年は現場が主体でしたが、発症した時期はちょうど支店に単身赴任をし、技術的な管理と設計をやっておりました。専門は地盤改良がメインで、主に水を止める技術。液状化対策とか。地下にトンネルを掘った時に、何もしなければ水が出ますよね? それをどう止めるかという技術を専門にやっていたんです」

 得意とされていた分野は、設計計画。大規模な公共事業の受注を重要な業態とするR建設工業ですが、その落札の肝となる部分です。

「設計計画、それをすることによって受注に結び付くという面白みがある仕事だった。大きな案件をとったこともあります。仕事の中で一番楽しかった部分は、やっぱり計画で他社に勝つということですね。キャリアですか? たぶんうまく行ったら役職について上に上がっていけたでしょうね。年齢もそれなりの年齢ですから。地盤改良という仕事にも愛着があった。なかったら辞めてますもんねえ」

 1980年に新卒入社してから、会社は二部上場、一部上場と躍進。阪神淡路大震災で地盤改良技術が重視されるようになったことも追い風になって、大きく育つ会社と共に歩んできたDさんでしたが、倒れる直前はかなりの過労状態。管理業務は残業も多く、複雑な利益率を勘案して作らなければならない期日指定のある書類を常に複数抱え、週に二日は徹夜をしなければならないような、頭の休まることのない日々だったと言います。

 Dさんが倒れたのは、そんな激務のさなかでした。

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