私の資料で変わってきた職場 保険会社勤務Aさんの場合

通勤途中の事故で高次脳機能障害と失語症になったAさん。管理職として努力を重ねてきた会社に、配置転換ののちに復職。しかし、コミュニケーションの困難さと周囲の理解の乏しさ、これまでのキャリアとのギャップに対する心理的葛藤など、様々な苦労をします。全力で働けなくてもいいではないか、誰もが働きやすい職場になってほしい、そんな思いで、長年かけて職場との交渉を重ねてきました。

専門家による寸評

言語聴覚士西村紀子

 失語症は、脳を損傷したことによって「聞く」「話す」「読む」「書く」そして「計算」が難しくなる障害である。こうした定義は、私たち医療職は当然知っている。しかし、結局、本人は生活の中で、何に困るだろう、家族や知人とのコミュニケーションが難しくなると、一体何に困るのだろうと、本気で考えたことがあるのだろうか。
 SLTA(標準失語症検査)のみで評価をしている言語聴覚士は、ぜひ、考えてほし...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

 Aさんのお仕事の中で抱えたジレンマは、高次脳機能障害が「回復するタイプの脳機能障害」だからこそのものであり、特にキャリア形成後の当事者には大きく共通するものに感じます。

 復職間もない当事者が最も感じるのは「こんなこともできなくなっているんだ」という驚きとジレンマですが、その後なぜできないのか、どのようにすればできるのかといった考察を重ね、仕事に戻る中で、働くことそのも...

インタビュー記事

復職以外は考えなかった

 新卒で就職してから、三人のお子さんの出産育児を挟みながらも、ずっと同じ大手保険会社で働いてきたAさん。内勤営業を皮切りに、総務、健保や雇用保険関連の手続きから窓口業務、そして本部社員として新入社員の研修資料作りや研修講師等々と、多部署で経験を重ねてきました。ベテランの域に達してからは、近隣支社で人材が不足すれば、出張で応援に飛び回るといった生活をしていた時期もありました。

 事故に遭われたのは、それまで所属していた保険支払い業務からコールセンターの主任に移動し、一年を経過したころのことだったと言います。

「とても多忙な現場だったので、病院で気づいた瞬間にも、『あれとあれとあれの仕事はどうなってる!?』と。緊急の仕事がいくつかあったし、しかも年度替わりのタイミングで役職者がこんなんなるなんて、ごめんなさい~という感情が一番。当然、仕事に戻る気満々でした」

 入院は急性期に一カ月半、リハ病院に六カ月。当初はご家族が「まるで赤ちゃんのようだった」「言っていることを当てるのがクイズ状態」と後に言うような失語症状で、大事に考えてつけたはずのお子さんの名前がすぐに出てこないといった経験もされましたが、リハビリ生活の中、ご自身の中では徐々に「自分の中では、今の会社しかない」と、元いた職場への復職を強く望まれるようになったそうです。

 「周りの人には、そこまでして働く必要はないんじゃない? と言われたし、最初はなんとなく、イメージ的に会社辞めてもスーパーとかでパートみたいにして働けばいいやという気持ちがあった。けど、なかなかうまく話せるようにならないし、その状態だと逆に他の職場では気楽に働けるところがないんじゃないかという気持ちになって。それで、自分がやってきた経験を評価してくれる会社に戻る方が、自分はまだ社会と関わっていられるのかなと思った。ただ、病前の仕事は厳しいかな、さすがに管理職は難しいだろうから、書類を扱うような仕事ならなんとかできるんじゃないかなと思っていたんです」

 保険業界と言えば、まず思い浮かぶのはまず女性の従業員比率が多く働きやすいと言われていること。そして、他の業界に比べても障害理解は格段に進んでいそうな印象。では実際、Aさんの復職経緯はどんなものになったのでしょうか。

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