環境が良く仕事に戻れたけれど スーパーマーケット勤務 Oさん​​の場合

帰宅途中にクモ膜下出血で倒れたOさん。重度の高次脳機能障害と失語症が残存。回復期病院を退院したあとも年単位で医療の支援を受け、ジョブコーチもつけ、配置転換をして復職。今も、ミーティングの内容や、注意された内容がよくわからない時もありますが、病前からの良好な人間関係に「救われている」と言います。ミスをするのではないかと、常に不安を抱えながらも、目の前の仕事に取り組んでいます。

専門家による寸評

言語聴覚士西村紀子

 私が言語聴覚士の養成校に通っていた20年ほど前、担任の先生が大変興奮して「障害の捉え方が変わった」と話してくれたのが、ICF(国際生活機能分類)である。当時、子供を保育園に預けて通学していた私は、当事者会や勉強会なるものに行く余裕もなく、もちろん臨床を知らなかった。つまり、ただ一人として当事者や家族を知らなったのだ。だから、個人因子や環境因子といった、個々の人がもつその背景が全くイメージできず、...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

 Оさんの復職ケースをお聞きして、まず驚いたのは、やはりなんといってもその障害の重さで復職に至り、今も勤続できていること。そしてヒアリングを終えて最も大きな学びとなったのが、復職の可否を決める判断材料の中で「当事者の病前病後のパーソナリティと人間関係を見極める」ことがいかに重要なのかということでした。

 見極めのポイントは「二次障害化させない環境とは」ということでしょう。...

インタビュー記事

ベテランのスーパーマーケット社員として

 Оさんのお仕事は、スーパーマーケット勤務。高卒採用されてから実に勤続32年、エリアで、大規模にチェーン展開するスーパーマーケットに勤め続けています。担当店舗は周囲に多くある団地の住民を顧客に、いくつか専門店を抱えた中規模店。農産品や日配品などの売り場経験を重ね、チェーン店本部で総菜部門の研修を受けた後は、バックヤードの加工場で揚げ物や弁当の製造に従事していました。

「リーダーでしたから、調理場に立つという感じではなく、生産数の決定とかシフト管理とかをパートさんと相談しつつやっていたというかたちになります」

 Оさんが受傷されたのは、総菜部門の管理職として、こうして活躍していたさなかのこと。失語症と高次脳機能障害を抱えることとなったОさんは、6カ月の入院を経て復職し、まず4時間勤務から1時間ずつ増やして、1年ほどで8時間勤務に戻ったと言います。

 とはいえ、色とりどりの商品や入り乱れる店内放送といった情報量過多の空間であるスーパー店内は、高次脳機能障害の当事者にとって、混乱やパニック状態に陥ってしまう方も少なくない、いわば「鬼門中の鬼門」。こう書いている僕自身も、退院直後はスーパーでパニックを起こしてしゃがみ込んでしまった経験が何度もあります。ただし、こうした体験は、不要な情報まで脳が取り入れて処理してしまう注意障害がベースになるものが多いのに対し、Оさんのケースでは「注意機能そのものが全般的に限局されていた」(極めて狭い範囲・少量の情報しか脳に取り入れられない)ことで、その職場に戻れたようだと、当時の医療関係者。

 そんなОさんの復職も、やはり決して平坦な道のりではありませんでした。

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