病前の私とは違う、違うんです。 国立開発研究法人 石崎さんの場合

発症当時は、原疾患の診断さえつかなかった。病気が治れば、これまでの生活ができると思っていた。なぜこんなことができないのか?就労の場で傷つき、もがき、ようやく高次脳機能障害診断がついた石﨑さん。今は障害者枠でお仕事されています。未診断の問題について考えて頂きたい。

専門家による寸評

臨床心理士山口加代子

石崎さんのお話を伺い、何故、2か所のリハビリテーション病院で「高次脳機能障害だ」と告げられなかったのだろうという疑問が生じました。急性期にかかった病院や抗DNMA受容体脳炎の治療でかかった病院で告げられなかったのはまだしも、その後入院・通院した病院は2か所とも高次脳機能障害のリハビリテーションで有名な病院なのに……。いろいろ考え、2か所の病院とも抗DNMA受容体脳炎が他の脳炎と異なり「予後良好なケ...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

インタビュー本文にもありますが、石崎さんのお話を聞いて最も意外に感じたのは、病前に長年学んだ英語力を使った仕事ができなくなってしまったことや、お仕事の場で心無い言葉をかけられたり失敗を重ねてし待ったことよりも「病前のコミュニケーション力」を失ったこと石崎さんにとって最も残念に思っているということでした。



「(かつての自分とは)違う、違いますよね...

インタビュー記事

【診断を受けて嬉しい】

抗NMDA受容体脳炎というという大変珍しく重篤でもある原疾患で、9か月もの間、高熱とたびたび起こる痙攣の発作の中で意識のない状態が続いた石崎さん。ですが、後遺症として高次脳機能障害が残っていることの診断が下りたのは、発症から4年8カ月も経った後のことでした。
「診断を受けて、少しどころじゃなく、ほっとしました。嬉しかったですね。あ、これだからできなかったんだ やっぱり、私には何かあったんだって、そんな気持ちでした。診断受けるまでは、できないことが障害のせいだとは思っていなかったんです。病後受けたリハビリテーションの中で、『社会生活に戻ることが一番のリハビリなんです』とよく言われていたので、そうするしかないと思って頑張ってきて、努力すれば元に戻るかもしれない、戻れないなら努力が足りないんじゃないかって思っていたので……」
石崎さんがそう言うのは、彼女が病後に再び仕事をするようになってから、診断を受けるまでに丸3年もの間、いくつもの仕事に挑戦する中で、とてもつらい経験を重ねられたからです。

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