なんで言ってくれなかったんだ!? 看板製作業 稲森さんの場合

脳出血の後遺症は麻痺だけだと、自分も家族も思っていた稲森さん。しかし、退院後、大事な家族にだけ暴言・暴行を起こしてしまい、家庭が破綻。混乱の中、自分で調べに調べて社会的行動障害という、高次脳機能障害を知る。「病院は、なぜこんな障害があると言ってくれなかったか!」という怒りと哀しみに震える数年。しかし、この間、仕事では、まったく問題がなかったといいます。感情の爆発は、アイデンティティーに関わる場面でしか生じないものかもしれません。

専門家による寸評

言語聴覚士西村紀子

未診断であったことが、これほど本人や家族を苦しめることになるとは、病院のスタッフは想像できるだろうか。一方で、入院中にほとんど対人的なトラブルがなく、丁寧に事情を説明して外出届を出して、帰院する、そんな人に社会的行動障害があると気がつくのも非常に難しいだろうと思う。しかし、脳画像を拝見すると、それなりに広い範囲の脳出血であるし、時期は確定できないものの、前頭葉にラクナ梗塞がある。画像だけをみると、...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

稲森さんのケースは、いくつもの大きな学びがある聞き取りでした。まず、当事者にとってその後の人生を大きく左右する「易怒」の特性が、病前全く怒りもしなかったことにいきなり怒り狂うようになるのではなく、病前の価値観やパーソナリティを反映したうえで、元々あった感情がコントロールできないほどに大きくなる特性だということ。稲森さんも、病前から家族に無関心であったり、いい加減な思いで教会活動をしていたりしたなら...

インタビュー記事

仕事に戻っても困らなかった

マンションや大規模施設などの工事現場では、工事で発生する音や振動が周囲に及ぼす影響を軽減するために、「仮囲い」で現場周辺を覆います。その囲いに、鮮やかなデザインや広告などが施されているのを見たことのある方は多いでしょう。稲森さんの病前職は「看板屋」。こうした仮囲いのデザインや印刷したラッピングフィルムの貼り込み施工から、小さなものでは商店街や小さな店舗まで、看板に関するあらゆるデザイン業務が、稲森さんの仕事です。
「以前は会社員として看板屋業務に携わっていましたが、10年ぐらいして独立してそれからは自営。それ以前の職歴はちょっと変わっていて、20代の頭に2年キリスト教の宣教師をしているんです。そのあとは保険代理店で外交員をしたり、能力開発(速読)の会社に勤めて大学で学生に教えていたりした時期もありました」
4年半前に脳出血を起こした後の稲森さんは、自営の看板業にそのまま戻ることとなったといいますが、実はその時点では高次脳機能障害との診断も、ご自身の病識もありませんでした。
「実は仕事の中で困ったことって、ほとんどないんです。退院したときに駅の中を歩くのが怖いことはありました。まずエスカレーターに乗れないんですね。ただそれは、2、3ヵ月でクリアしました。上肢下肢全廃(部位)の状態から、近所の山に登りまくって、退院して1年で富士山登るぐらいでしたから。仕事上で問題があったとしたら、注意機能についてでしょうか。継続して意識を残すのが無理で「注意を手放してしまう」という感じなので、鍋に水を入れて火をかけても毎度忘れるような感じ。なのでここは、Googleタイマーで対応しています」
受傷部位と範囲的から考えて、復職時に問題となることの多い項目を次々挙げても、稲森さんは「僕には特になかった」と言います。
「片麻痺があることでお客さんも配慮してくれたのかもしれないし、運がよかったのかもしれません。あと体が動かない分、人に接する頻度も少なかったから不自由に感じることがなかったのかもしれませんね。元々僕の仕事は、20年づきあいのお客さんがゴロゴロいるんです。仕事での人間関係は誠実に取り組んで、お客さんに対して絶対的に良い思いでやってほしいと思ってきていますから、営業しなくてもリピートがあって。片麻痺で失った客や、それが理由で他社を紹介したようなお客さんはいても、それ以外の理由で失った客はいないですし」
最近も大きな施工を担当し、売り上げも病前と変わりません。「本当に、奇麗なぐらい、仕事の上で困ったことってないんですよ」と繰り返す稲森さんです。

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