なんで言ってくれなかったんだ!? 看板製作業 稲森さんの場合
未診断で退院
わけがわからないまま家庭崩壊
仕事は保険の外交員、能力開発、そして自営業と変わりました。看板屋をしていまして、完全に一人でやっています。受注したものをいくつかの会社に委託しながら納品します。大きいものから小さいものまで、なんでもやっています。自分の能力が試される、お客さんに喜んでもらえるのがやりがいですね。プライベートでは、若い時から教会活動をしていまして、妻とはその活動を通じて知り合いました。
4年半前に、脳出血で倒れたんです。後遺症は麻痺とだけしか言われなかったし、入院中も、外出届を出して現場に向かい、指示出しなどできていました。退院したあとも自分で必死にリハビリをして、登山やスキーができるようになりましたよ。だから順調だと思っていました。
ところが、ここが自分では全く理解できないのですが、私は一番大切な妻に、ことあるごとに暴言・暴力を繰り返していました。しかしそれは自分では、夢を見せられている感覚という認識しかないのです。突然逮捕されて、驚くのです。認知機能が壊れているんでしょうね。娘が録音していた私の罵声を聞いても、なんか、他人事というか、離人感っていうのですか、自分のことと思えないんです。ジギルとハイドのように、もう一人の自分がいるとしか思えないんです。ショックでした、本当にショックでした。もうわけが分からないんです。
そこから色々調べて、社会的行動障害という後遺症を知ったのです。有名な先生に連絡を取ったり、医師の診察を受けに行ったり、ありとあらゆることをしました。自分に何が起こったのか知りたい、その気持ちでいっぱいでした。いさらに、脳出血が起こる数年前にラクナ梗塞もあったことがわかりました。でもね、麻痺もなかったし、何か体調に変化があったわけではないので、気が付かなったですね。入院した病院でも指摘されなかったんですよ。病院では「古い梗塞の跡がありますよ」とか言わないものなんですか?
妻は今も、僕と会おうとしてくれません。当たり前ですよね。彼女を恨む気持ちは全くありません。でもね、なぜ病院が「こんな障害があるかも知れませんよ」と言ってくれなったのか、それがとても悔しい、本当に悔しい。それが病院の仕事ではないんですか?
もう二度と、僕のような人を増やしたくない。そんな思いで、フェイスブックのグループを作って発信しています。
インタビュー記事
仕事に戻っても困らなかった
マンションや大規模施設などの工事現場では、工事で発生する音や振動が周囲に及ぼす影響を軽減するために、「仮囲い」で現場周辺を覆います。その囲いに、鮮やかなデザインや広告などが施されているのを見たことのある方は多いでしょう。稲森さんの病前職は「看板屋」。こうした仮囲いのデザインや印刷したラッピングフィルムの貼り込み施工から、小さなものでは商店街や小さな店舗まで、看板に関するあらゆるデザイン業務が、稲森さんの仕事です。
「以前は会社員として看板屋業務に携わっていましたが、10年ぐらいして独立してそれからは自営。それ以前の職歴はちょっと変わっていて、20代の頭に2年キリスト教の宣教師をしているんです。そのあとは保険代理店で外交員をしたり、能力開発(速読)の会社に勤めて大学で学生に教えていたりした時期もありました」
4年半前に脳出血を起こした後の稲森さんは、自営の看板業にそのまま戻ることとなったといいますが、実はその時点では高次脳機能障害との診断も、ご自身の病識もありませんでした。
「実は仕事の中で困ったことって、ほとんどないんです。退院したときに駅の中を歩くのが怖いことはありました。まずエスカレーターに乗れないんですね。ただそれは、2、3ヵ月でクリアしました。上肢下肢全廃(部位)の状態から、近所の山に登りまくって、退院して1年で富士山登るぐらいでしたから。仕事上で問題があったとしたら、注意機能についてでしょうか。継続して意識を残すのが無理で「注意を手放してしまう」という感じなので、鍋に水を入れて火をかけても毎度忘れるような感じ。なのでここは、Googleタイマーで対応しています」
受傷部位と範囲的から考えて、復職時に問題となることの多い項目を次々挙げても、稲森さんは「僕には特になかった」と言います。
「片麻痺があることでお客さんも配慮してくれたのかもしれないし、運がよかったのかもしれません。あと体が動かない分、人に接する頻度も少なかったから不自由に感じることがなかったのかもしれませんね。元々僕の仕事は、20年づきあいのお客さんがゴロゴロいるんです。仕事での人間関係は誠実に取り組んで、お客さんに対して絶対的に良い思いでやってほしいと思ってきていますから、営業しなくてもリピートがあって。片麻痺で失った客や、それが理由で他社を紹介したようなお客さんはいても、それ以外の理由で失った客はいないですし」
最近も大きな施工を担当し、売り上げも病前と変わりません。「本当に、奇麗なぐらい、仕事の上で困ったことってないんですよ」と繰り返す稲森さんです。
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