「しゃーない」からスタートした環境のカスタマイズ 特例子会社勤務 立花さんの場合

回復期病院で高次脳機能障害の説明を受けて大ショックをうけた立花さん。しかし、障害に対する自身の理解がすすみ、その後、周囲に症状の説明したり、自身のモニタリングをする行動に繋がりました。配慮がない環境でも、怒らず、しゃあないと諦めつつも、今は、作業療法士さんと一緒に働きやすい職場環境を整えています。

専門家による寸評

言語聴覚士西村紀子

立花さんは脳出血による身体麻痺と高次脳機能障害があります。ややカロリー過多な食生活と運動不足、そんなに健康に気を付けているわけでもないが、そんなにめちゃくちゃな生活でもない、どこにでもいる40代男性です。つまり、誰にでもリスクがあるということです。

生活自立センター、就労移行支援事業所、特例子会社など「就労に理解がある」と思われるステップを踏んで、再就職・就労継続をし...

専門家による寸評

文筆業鈴木大介

高次脳機能障害そのものが軽度であっても、身体に障害があれば、または病前職への復職が困難であれば、障害者枠での雇用が選択肢に入ります。実に戦略的に立ち回れている感を受ける立花さんですが、その前提となっているのが支援職との関係性の良さにあるかと感じました。

立花さんの勤める特例子会社では、現在高次脳機能障害に理解の深いOTとPSWが常勤でいますが、インタビューで立花さんが語っ...

インタビュー記事

カウンターの経験が残っていた

病前の仕事の経験は、旅行会社のカウンター業務を10年以上という立花さん。ツアー希望客へのプラン営業や会計、予約や発券業務といった客対応と事務作業が主な仕事内容だったと言います。同業の会社をいくつか経験した後に、ちょうど転職活動中というタイミングで立花さんは倒れ、高次脳機能障害の当事者となりました。
「リハビリ病院にいる時点で、複雑な情報処理力がとにかく落ちていることは自覚していました。STの指導で、昨日のことを日記に書こうとしたら、全然思い出せない。エクセルで入力作業をしてみても、セルはズレるし誤字も無茶苦茶で、今までならできたことが、全然できない。高次脳機能障害と言われたばかりの頃は、自分は違うと思ってたけれど、リハビリ病院の後に通所した都道府県の障害者自立センターで他の利用者を見て、自分とおんなじだなあって気づいたのもあり、このままだったら社会復帰は無理だなと自分で理解していました。まして旅行会社の業務というのはとても複雑なので、いまの状況ではその業界には戻れないだろうって。まあ、あまり将来性のある業界とも思えなくて、興味を失っていたというのもありましたけどね」
ということで、受傷後最初の仕事は、お住まいだった県が当時東日本大震災の被災者支援を含めて企画した、緊急雇用促進事業。具体的には商店街の中の店舗やイベントブースなどで「授産品」(障害者施設や作業所などで作られる物品)を販売する仕事でした。
「まずここで一年、障害者就労枠で働き、そこで頑張ったことが統括役に評価されて、副店長として別の店舗に移り、一般就労枠で一年働きました。規模的には小規模ですね。従業員は5名。ひとりは店長。ローテーション制、交代交代で休んでいく形ですが、就労時間は8時間のフルタイムでした」
高次脳機能障害の当事者は、買い物の際、レジの会計で混乱して、うまく支払いができないと訴えるケースが多いのですが、立花さんはその会計をする側の業務に、すんなり慣れることができました。
「それは、元々カウンター販売の仕事が長かったことが強みだったからだと思います。売り物が変わっただけで特に苦労することなく、仕事内容にはすぐ慣れました。元々
計算とかは得意で、暗算二級も持ってたし、リハビリ病院でのSTの時間で、山ほど計算課題もやったので、不自由はなかったですね。もちろん混乱する場面もあります。でも、例えばたくさんの商品が入荷した時には、自分なりに商品陳列を工夫して、混乱しないように整理して。ほかの職員にもそうさせてほしいって配慮を求めていました。問題は疲れですね」

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